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『発祥〜日本への伝来』


コア成形 有把手水差し
エジプト (BC1490〜1437)


モザイクガラス アンフォリスコス
エジプト (BC300〜200)


モザイクガラス 飾り額
エジプト (BC100〜AC100)

天然のガラスとしては黒曜石、雷ガラス、テクタイトなどがあるが、人工のガラスと人類との 触れ合いも古く、古代人の装飾・宝物とされているようだ。

ガラスが人の手によって造られるようになったのは、メソポタミア文明(チグリス、ユーフラ テス河流域)の頃からといわれ、古代エジプトでは装身具や擬似宝石などとして使われていた ようで、その製法は偶然に発見されたものと推測される。

ガラスのビーズや御守り(護守)は紀元前2500年以前に作られ、ツタンカーメン王(紀元前1350 年頃)の時代にはエジプト王家のために、ガラスは金などと組み合わせて装身具として使われ ていた。杯、鉢、瓶など中空のガラス容器は、紀元前16〜17世紀のメソポタミアやエジプトの 遺跡から発掘されている。

完全な保存状態で今日に伝わる最古のガラス容器は、エジプト18王朝のトトメス王三世(紀元 前1490〜1437年頃)の製作であり、今日知られている最古のガラス製造所は、アメノフィス三 世(紀元前1401〜1363年)のテーベ西区マルカタの宮殿内にある。

トトメス三世は、中近東アジアまでエジプト帝国を拡大し、フェニキア、クレタ、エーゲ海諸 島と交易したが、メソポタミアに進出したときにガラスの製法をエジプトにもたらしたもので あろう。
当時のエジプトは、潅漑システム、ナイル河を紅海に結ぶ運河、文字、幾何学など高度な技術 や知識を持っており、ガラスの分野ではコア成型として知られる中空ガラスの製法を持ってい た。また、エジプトではモザイク製法によるガラスも造られていた。

コア成型やモザイク製法によるガラスは普通は不透明であるが、メソポタミアの鋳造成型ガラ スは、しばしば透明な薄緑色のものを製造していた。紀元前13世紀から紀元前9世紀の間、ガ ラス造りは一時期衰退したが、紀元前9世紀のダビデ王やソロモン王の頃には、エジプトとメ ソポタミアで復活したと見られている。

メソポタミアのミネブェで発掘された、後期アッシェリアのアッシュル・バニバル王(紀元前 688〜紀元前663年)の粘土板文書によると、すでに各種各様のガラスが科学的な定量調合のも とに製造され、発色も自在に行われていたようだ。当時のガラスはすべて着色ガラスであった が、紀元前700年頃には無色透明のガラスも出現している。


吹きガラスは、紀元前50年頃、シリアからパレスチナ沿岸にかけての地域で発明され、やがて ローマ帝国にもたらされた。

吹き竿によるガラス製法は、従来のコア成型や鋳造成型などと異なり、大量生産への道を開く 画期的な発明となった。それまで、王族、高僧、貴族などの持ち物に限られていたガラスは、 吹きガラスの発明によってぜいたく品ではなく、大衆にも行きわたるようになった。

ローマ帝国の最盛期には、現在のフランス、スペイン、ポルトガル、イギリス、ベルギー、ス イス、ドイツ、オランダの西欧から、オーストリアなど東欧の一部、トルコ、アフガニスタン などの中東諸国、エジプト、リビアの北アフリカなど広大な地域を含み、「ローマン・グラス」 として知られるガラスは、1〜5世紀にローマ帝国の拡大によってこれらの地域に伝えられてい った。

ガラス造りはその後、中央アジアを経て中国に伝えられ、朝鮮半島を経て「古代大和(日本)」 に伝えられた。







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ローマングラス 小型碗
(AC100〜200)


ローマングラス 型吹き杯
(AC100〜300)



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